NEWS初期メンバー9人の現在と脱退理由|激動の人数推移を完全解明
2003年秋の鮮烈なデビューから20年以上の歳月を経て、現在も日本のエンターテインメント界の第一線で存在感を放ち続けるアイドルグループ「NEWS」。現在の小山慶一郎、加藤シゲアキ、増田貴久による盤石の3人体制しか知らない若い世代にとって、結成当初は9人組の大所帯グループであったという事実は、時に大きな驚きをもって迎えられます。
世界的なロックバンド「ONE OK ROCK」のフロントマンとして君臨するTaka(森内貴寛)をはじめ、山下智久や錦戸亮、手越祐也など、のちに時代の顔となるスターたちが集結していた初期NEWS。なぜ彼らは相次いでグループを離れ、どのような経緯を辿って現在の形へと進化したのでしょうか。報道資料や関係者の証言、本人たちの回顧録をもとに、激動の人数推移と脱退の真相、そして元メンバーたちの現在地を徹底解剖します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:NEWSは2003年にバレーボールW杯のイメージキャラクターとして9人体制で結成され、東西ジャニーズJr.のエリートが集結した大型ユニットだった。
- 要点2:森内貴寛(現ワンオクTaka)の学業専念による早期離脱から、不祥事、グループ掛け持ち問題、ソロ志向まで、多様な脱退理由を経て9人→8人→6人→4人→3人へと推移した。
- 要点3:脱退した元メンバーたちは現在、世界的人気ロックスター、国際派俳優、実力派舞台俳優など各界で大成功を収めており、残る3人も個性を確立して高い支持を集めている。
【結成時の衝撃】NEWS初期メンバー9人の全貌とグループ誕生の背景
NEWSの歴史が幕を開けたのは、2003年9月15日のことでした。新高輪プリンスホテルで開かれた大々的な記者会見において、『バレーボールワールドカップ2003』のイメージソングを担当する期間限定ユニットとして発表されたのが始まりです。グループ名には「North(北)」「East(東)」「West(西)」「South(南)」の頭文字を取り、「東西南北にグローバルな情報・ニュースを発信する」という意味が込められていました。
結成当時のメンバーは、山下智久、小山慶一郎、増田貴久、加藤成亮(現:加藤シゲアキ)、手越祐也、草野博紀、森内貴寛、錦戸亮、内博貴の9人。当時、すでにジャニーズJr.のトップとして絶大な人気を誇っていた山下智久を中心に、関西ジャニーズJr.で頭角を現していた錦戸亮と内博貴、さらに入所わずか1年足らずで歌唱力を買われて大抜擢された手越祐也など、東西のエリートが集結した奇跡的な布陣でした。
同年11月7日には、セブン-イレブン限定販売という異例の形態でシングル『NEWSニッポン』をリリース。全国規模のバレーボール中継と連動したプロモーションによって一躍お茶の間の知名度を獲得し、2004年5月12日には『希望〜Yell〜』でメジャーデビューを飾ることになります。しかし、この華々しい船出の裏で、グループは結成わずか数か月後から波乱のメンバー再編に直面することとなりました。
【人数推移年表】9人から3人へ至る脱退理由と激動の歴史
NEWSほど、メンバー人数の劇的な増減を経験しながら存続し続けたグループは日本のアイドル史上でも極めて稀です。9人からスタートし、8人、6人、4人、そして現在の3人へと至る詳細な年表とそれぞれの脱退理由を整理しました。
| 時期・体制 | 在籍メンバー | 主な出来事・脱退者 | 公式発表および脱退の真相 |
|---|---|---|---|
| 2003年9月 (9人体制) | 山下・小山・増田・加藤・手越・草野・森内・錦戸・内 | グループ結成 『NEWSニッポン』発売 | バレーボールW杯のイメージキャラクターとして結成。東西Jr.から選抜。 |
| 2003年12月 (8人体制) | 山下・小山・増田・加藤・手越・草野・錦戸・内 | 森内貴寛が脱退 事務所を退所 | 表向きは「学業専念」。実際は音楽性の違いや自らの意志による本格的ロックへの転向。 |
| 2005年〜2006年 (一時活動休止) | 山下・小山・増田・加藤・手越・錦戸 | 内博貴・草野博紀が活動休止 (後に正式脱退) | 未成年飲酒報道等に伴う芸能活動自粛。グループ全体も2006年に一時活動休止。 |
| 2007年1月 (6人体制) | 山下・小山・増田・加藤・手越・錦戸 | 6人での活動再開 東京ドーム単独公演 | 『星をめざして』で復活。ヒット曲を連発し黄金期を築く。 |
| 2011年10月 (4人体制へ) | 小山・加藤・増田・手越 | 山下智久・錦戸亮が同時脱退 | 山下は「ソロ活動への挑戦」、錦戸は「関ジャニ∞との兼任による過密日程の限界」。 |
| 2020年6月 (3人体制へ) | 小山・加藤・増田 | 手越祐也が専属契約解除・脱退 | コロナ禍での自粛期間中の行動規範違反と、予てからの独立・実業家志向の一致。 |
| 現在 (盤石の活動) | 小山慶一郎・加藤シゲアキ・増田貴久 | 結成20周年を突破 個々の強みを発揮 | 音楽制作、執筆、情報番組出演など、成熟したエンターテインメントを展開。 |
【元メンバーの現在】ワンオクTakaから山下・手越まで驚異の活躍
NEWSを離れた元メンバーたちの現在の活動状況を追うと、それぞれの分野でトップクラスの成果を上げていることが分かります。アイドルという枠組みを超え、表現者として覚醒していった彼らの歩みはまさに圧巻です。
森内貴寛(ONE OK ROCK・Taka)の現在
2003年12月にグループを脱退した森内貴寛は、2005年にロックバンドONE OK ROCKを結成し、ヴォーカル「Taka」として再スタートを切りました。圧倒的な声量とハイトーンボイス、英語詞を自在に操るメロディセンスで瞬く間に国内外で熱狂的な支持を獲得。現在では北米・欧州ツアーを成功させ、世界最大級の音楽フェスでヘッドライナーを務めるなど、世界を股にかけるロックアイコンへと登り詰めました。元NEWSという出自を隠すことなく、自身の努力と歌唱力一本で世界を切り拓いた姿は音楽シーンの伝説となっています。
山下智久の現在
2011年10月に脱退した山下智久は、その後ソロアーティストおよび俳優として圧倒的なキャリアを築きました。2020年に独立してからは活動の場を世界へと広げ、日米共同制作ドラマ『TOKYO VICE』や、Huluオリジナル世界配信ドラマ『神の雫/Drops of God』で主演を務めるなど、ハリウッド・欧州のエンタメ界で確固たる評価を獲得。流暢な英語力とストイックな役作りで、国際派俳優としての地位を完全に確立しています。
錦戸亮の現在
NEWS脱退後、関ジャニ∞のメインボーカル・エースとして数々のドームツアーを牽引した錦戸亮は、2019年に独立。自主レーベル「NOMAD RECORDS」を立ち上げ、全国ライブツアーや楽曲リリースを精力的に展開しています。同時に、持ち前の繊細な演技力を武器に、TBS日曜劇場をはじめとする話題のドラマや映画に多数出演。アーティストと実力派俳優の二刀流として、自立した活動を貫いています。
手越祐也の現在
2020年6月に退所した手越祐也は、独立直後からYouTubeチャンネル開設や実業家活動で話題を席巻しました。その後、本格的なアーティスト活動へシフトし、全国ツアーの開催や大型ロックフェスへの出演など精力的な音楽活動を展開。さらに近年では、古巣のレギュラー番組であった『世界の果てまでイッテQ!』へのサプライズ復帰を果たすなど、持ち前のポジティブなキャラクターとお茶の間での高い人気を再証明しています。
内博貴と草野博紀の現在
2005年・2006年の休止劇を経てグループを離れた2人も、舞台芸術の分野で確かな実績を積み重ねています。内博貴はミュージカルやストレートプレイの主演舞台を数多く務め、演劇界で重宝される実力派俳優として活躍。一方の草野博紀は、バンド「Porehead」のボーカル活動を経て、現在は舞台俳優およびシンガーとして舞台を中心に精力的な表現活動を続けています。

【実態検証】なぜNEWSは分裂と再編を繰り返したのか?
なぜ初期NEWSはこれほどまでに再編が相次いだのでしょうか。当時の所属事務所の構造、メンバー間の意識の違い、そして当時の芸能界の環境を検証すると、3つの本質的な要因が浮かび上がってきます。
1. 「グループ兼任」による過酷なスケジュールとアイデンティティの葛藤
最大の構造的課題は、錦戸亮と内博貴が関ジャニ∞とNEWSを掛け持ちしていた点にあります。東京での全国区プロモーションと、大阪発信の関ジャニ∞の活動が重なり、当人たちの肉体的・精神的疲弊は限界に達していました。当時の特番インタビューや手記において、錦戸は「どちらのグループのメンバーにも申し訳ない気持ちがあった」と吐露しています。関ジャニ∞がトップアイドルへと駆け上がるにつれ、スケジュール調整は物理的に不可能となり、2011年の脱退へと繋がりました。
2. 寄せ集めエリート集団ゆえの「方向性の相違」
NEWSは「バレーボールの大会を盛り上げる」という明確な商業目標のもとにトップダウンで結成されたユニットでした。下積みを共に過ごして絆を深めてきたグループとは異なり、メンバー各人が抱く将来像や音楽的嗜好は最初からバラバラでした。ロック志向が強かった森内貴寛、個人のクリエイティビティや世界進出を見据えていた山下智久など、グループという枠組みが個人の才能のスケールと衝突したことは必然の結果だったと言えます。
3. 若さゆえの規律問題とメディア環境の激変
2000年代中盤は、芸能人のプライベートに対する週刊誌報道やインターネット掲示板の拡散力が急激に高まった時代でした。未成年飲酒報道による内や草野の離脱は、グループ全体の活動休止という重いペナルティをもたらし、結果としてメンバー間の結束を試される過酷な試練となりました。
一般に知られていない盲点とネットの誤解
ネット上やSNSでは、度重なるメンバー脱退に関して「メンバー間の不仲が原因だったのではないか」「確執があったのではないか」という憶測が長年語られがちです。しかし、一次情報や関係者の証言を丹念に検証すると、実態は大きく異なります。
たとえば、山下智久と残されたメンバー(小山、加藤、増田)との関係について、脱退当初はファン同士の対立や冷戦が噂されたものの、本人たちの間では互いの選択に対するリスペクトが失われたことはありませんでした。加藤シゲアキが小説『ピンクとグレー』を執筆した際、山下が帯コメントを寄稿したことや、後年バラエティ番組やSNSで自然に交流する姿が確認されていることからも、泥沼の確執説は否定されます。
また、手越祐也の退所時にも「3人との間に埋められない溝ができた」と報じられましたが、手越自身は会見でメンバーへの深い感謝と愛着を一貫して口にしていました。不仲による空中分解ではなく、「個々の目指すエンターテインメントの到達点」がグループの枠組を超えてしまったことによる発展的別れであったというのが、真相に最も近い解釈です。
【プロの結論】芸能組織論から読み解く「個の自立」と長寿の教訓
NEWSの変遷は、現代の組織論やキャリア形成における極めて重要な示唆を含んでいます。昭和・平成初期のアイドルグループは「ひとつの運命共同体」として生涯を添い遂げることが美徳とされてきました。しかしNEWSは、個人の才能が突出した際にグループに縛り付けるのではなく、「組織を縮小してでもそれぞれの道で個を最大化させる」という、極めて現代的な選択肢を体現した先駆例です。
9人から3人へと規模が縮小しながらも、残った小山慶一郎(キャスター・情報タレント)、加藤シゲアキ(直木賞候補作家・クリエイター)、増田貴久(卓越したボーカリスト・衣装デザイナー)の3人が自らの専門性を研ぎ澄まし、グループとしての新たなアイデンティティを確立した点にこそ、真のサバイバル能力が見て取れます。「欠損を悲劇で終わらせず、残された強みでブランドを再構築する」というNEWSの姿勢は、変化の激しい現代を生きるすべての組織や個人にとって有益な教訓と言えるでしょう。

【ニュース メンバー 初期】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:NEWSの初期メンバーにワンオクのTakaがいたのは本当ですか?
A1:事実です。本名の森内貴寛(もりうち たかひろ)名義で2003年9月の結成メンバーとして加入し、デビュー曲『NEWSニッポン』のレコーディングにも参加していました。同年12月に学業専念を理由に脱退し、事務所を退所した後にONE OK ROCKを結成しました。
Q2:NEWSの人数はなぜ9人から現在の3人まで減ったのですか?
A2:森内貴寛の早期脱退(2003年)、内博貴・草野博紀の活動休止に伴う離脱(2005〜2006年)、山下智久のソロ志向および錦戸亮の関ジャニ∞専念に伴う脱退(2011年)、手越祐也の専属契約解除・独立(2020年)という4度の大きな転機を経て、段階的に3人体制へと推移しました。
Q3:元メンバー同士の現在の関係性や交流はありますか?
A3:良好な関係が続いています。山下智久と錦戸亮、手越祐也がお互いのSNSで言及し合ったり、Takaと元同僚たちがプライベートで交流したりする様子が度々話題になっています。残る3人と元メンバーたちも、公の場で互いの活躍を称え合うなど、成熟した関係性を築いています。
まとめ:幾多の危機を越えて進化を続けるNEWSと元メンバーの未来
結成当初の9人体制からスタートし、激動の人数推移を経験してきたNEWS。メンバーの脱退という数々の逆境は、グループにとっても、そして旅立っていった元メンバーたちにとっても、それぞれの個性を覚醒させるための必然的な通過儀礼でした。
世界的なロックスターとなった森内貴寛、グローバルに活躍する山下智久、独自の表現を貫く錦戸亮、多角的なエンターテイナーとして進化する手越祐也、そして舞台で輝く内博貴と草野博紀。そして何より、3人になってもグループの看板を守り抜き、成熟した大人のポップスを奏で続ける小山慶一郎、加藤シゲアキ、増田貴久。それぞれの場所で咲き誇る彼らのストーリーは、今後も日本のエンターテインメント界を鮮やかに彩り続けるはずです。 (出典: ニュース メンバー 初期(Yahoo!ニュース))